Archive for 4月, 2005

米Google、一部のサイトでRSSフィードへの広告配信開始

そういう流れにはなるのは明白だったけれども
これが日本でなら、さて、どうなんでしょう?

確かに読者の多いブログは広告効果がある・・ように思える。
「知名度の高いブログだけでなく、
一般のブログでも利用できるようになるかが注目される。」
てなこと言ってるけど
果たしてどうなんだろうか。
正直、ボクは、まだまだ難しいと思っている。

いったい日本のブログは、それほど社会に溶け込んでいるんだろうか。
確かに書く人はどんどん多くなっている。
でも、ブログを知らない人は少なくなってきた、というどこやらの調査結果が
即、広告媒体としてパワーを持つとは、やっぱり言いにくい。
いや、かなりまだ非力だと思う。

なぜか。
書くほどには、読んでないと、ボクには思えるからだ。
書き手数=読み手数ではない。

インターネットは双方向であることが素晴らしい。
ブログの出現は、それまで受身であったユーザーを
自ら表現する場に引きずり出した。

けれども、双方向のキモであるはずのトラックバックを
フルに活用するようなブログが、そんなにあるようには見受けない。
たまにあっても、読むに値しない場合が多い。
これは何を意味するのだろうか。
そもそもトラックバックって何?と思ったことないだろうか。
要は、きままに書き散らしているだけの場合が多いのだ。

ま〜、それはそれでいい。
ボクの書いてるのも、そのひとつだろうし。
人のことをいえた義理ではない。
だが、広告媒体としては、やっぱり「?」だ。

ためしに数えてみよう。
あなた、一日にいったい何本、人の書いたブログ読みますか?
もしかして、自分のブログを読み返してる方が多くないですか?
いや、推敲という意味ではなくて。

その推敲すら、しない、こともあるらしいけど。

BGM:Albert Lee “Hiding/Albert Lee

開け、ゴマ!

֥åޡɲä

今日の東京出張は相変わらずハードだったけれども
いずれの訪問先でも刺激的なお話ができて収穫大だった。

特に、新しくお近づきになれた方々が皆魅力的なので
今後の展開が更に楽しみになった。

え〜、これはつまり、おちゃのこがまたまた何か仕掛けますよ、
という前振りなのだけれども。

お話の中で、
このところのおちゃのこの動きをご覧いただいている方から
「イノベーター」との評価もいただいた。
身に余るほめ言葉だが、内心まんざらでもない。

よく、こんなメールをユーザーさまからいただく。
「あきらめていたネットショップが
自分でもできて本当にうれしいです。
今日初めて注文いただきました。感激しています!」

ネットショップを通じて彼ら彼女らは
新しい人間関係を毎日広げつつある。
おちゃのこは、
その新しいドアを開くキー(鍵)の役目を負っているとも言える。
そうと聴いて感激するのは、実は我々の方だ。

で、昨日、紹介した本にもあったけれども
何かこれまでの常識を破る「覚悟」と「本気」があればこそ
そして、これは今日お聞きした言葉なのだけれども
「それが好きだからこそ」
新しい価値を創造できるのだと思う。

これから、展開しようとしているプランは
もしかしたら、おちゃのこがカルトな存在になるきっかけになるかもと
ボクは密かに思っている。
書いてしまったから、もう密かでもなんでもないが。

また、新しいドアが開きますよ。

BGM:Tommy Flanagan Trio “Overseas

カルトに行こう。

֥åޡɲä

カルトになれ!~顧客を信者にする7つのルール~

カルトになれ!

響きますね〜、このタイトル。

内容はもっと響く。
顧客をもっとすごい存在にしよう
いっそ信者になってもらおう
そうすれば熱狂的な信者はついに伝道師となる
カルトなブランドになる・・という按配。

事例に挙げられているのは必ずしも超大手企業ばかりではない。
むしろ、誤解を恐れず言えば、異端。
けれども、そこに強烈に人を惹きつける魅力がある。
アップルしかり、ハーレーしかり、ワーゲンしかり。

製品を売るのではない。
消費者にライフスタイルを提供する。
顧客の情熱、夢、野心を満たす機会を売り込んでいる。
それには、大胆さと強い意思がいる。

う〜む、これからの我々の行く道を指し示すような金言だ。
期せずして、ボクらも
やっぱり他者に左右されないスタイルで行こうと再確認したところ。
不思議とそういうときに、こういう本に出会うんですなぁ。

それにしても、カルトブランドにとっては
8歳から80歳がターゲット
時間や年齢に関係のない感情を満たしているのだ、
という表現には参った。

やる気出る。

BGM:Bill Evans “I Will Say Goodbye

Down By The River

֥åޡɲä

夜更けて、帰る。

ぞろぞろと駅から吐き出されて
それぞれに濃紺の道を我が家へと戻っていく。
薄暗がりの角々に見覚えのある影が立つ。
通り過ぎようとすると、ふと消える。
振り返っても誰もいない。
あんなにたくさんの人が電車から降りたのに
いつの間にか前も後ろも暗がりだけだ。
毎日歩く道なのに、知らない街のような気がする。

風が生暖かい。
月が出ていればよかったのだけれども
今夜は雲が厚くてぼんやり霞むばかり。
気配がして目を凝らして見てみると
川沿いの道を、突然父が歩き出す。
遠い後ろ姿だが、それと判る。
声には出さずそっと呼びかけてみるが
無論振り返ったりはしない。
ず〜っと歩いていって、いなくなる。

あれはいつのことだったろう。
嵐山に鮎を獲りに行ったのは。
川底の石に足を取られて流されそうになったのは。
僕はまだ年端もいかない子供だった。
それでも父は胸まで水に浸かって
魚を獲るのに夢中だった。

こんな夜更けにいったいどこで網を張るのだろう。
訊いても答えてはくれないだろう。
だが、僕の中を流れる川の辺でまた会えることを
なぜだか僕は知っている。

BGM:友部正人 “にんじん

人に自分のやっているビジネス(モデル)を説明するのは
意外と難しい場合がある。
ボクはその手の話をするときには必ず図解してみせながら進める。

一人で考えるときにも、ほとんどの場合、図を描く。
描き進んでいくと、いつの間にか紙が真っ黒もしくは真っ赤になってしまうが
少しずつ図を完成していくにつれ、モノとお金の動きがよく判ってくる。

すると、はたと気がつくことがある。

これは、どこかで見た図式だ。さて、それはなんだったっけ。
お、ここにこんな隙間がある。誰も気付いてないんじゃないか。
こことここを繋げたら、どうなるのかな。
待てよ。こっちより、こっちの方がいいんじゃないか。
思いつくことは様々だ。

手を動かして思考すると、いいアイデアが生まれる。
それもキーボードを叩くよりもペンで描いた方が絶対いい。

それと、もうひとつ、歩きながら考えるのも◎。
つまり、手の次は足を使う。
背筋を伸ばすことで中枢神経を刺激するらしい。
だから、足と言うより、背骨と言った方が正しいかもしれない。

暖かくなってきたので散歩しながらも、いいね。

BGM:Steely Dan “Aja


Subscribe

Subscribe to my RSS Feeds

sai