Archive for 7月, 2006
今日、ある会合であった質疑。
それは、誰でもが自由に書き込んで、共同で百科事典を編纂するという
ウィキペディアについての、誰でもが持つ至極まっとうな疑問。
「そこに書かれていることが本当かどうかは、どうしたら判るんですか?」
いや、判らないですね。
どうやらそうらしい、としか。
でも、いわゆる各界の権威が書いてくださる紙の百科事典
例えばブリタニカでも、それは同じことです。
少し古い資料ですが、掲載記事の質に関して
たいして差がないというリポートもあります。
英誌ネイチャー、ウィキペディアの科学記事はブリタニカに匹敵と高い評価
そもそも、世の中に流れる情報の価値は
その真偽も含めて、自分で判断するしかないわけです。
スタンフォードの教授が言おうが
となりのおっさんが言おうが。
ただし、幸いなことにネットでは、
その価値を見極めるための副次的情報もたくさんあって
それを検索して気の済むまで調べるすべも多々あります。
言ってみれば、その気になりさえすれば
自力で「現時点ではほぼ正しい」と思える情報に行き着くわけで
与えられた情報を鵜呑みせざるを得ない境遇にいるわけでは
もはやないのですね。
(逆に言えば、能動的に使うという姿勢がない限り
「ネットって怖いねぇ」というネガティブ発想から抜け出せないわけで
これは非常に勿体ないと思います。)
ところで、以前にも紹介した、「みんなの意見は案外正しい」では
一人や二人の専門家が言うことより
数百人の普通の人々の持ち寄る情報の方が
平均化するとよっぽど価値があるという概念を著しています。
いわゆる「個の集合知」とか「民衆の叡智」とかいうやつですね。
この概念の底には、もちろん「情報共有本能」があり
それを支えるものに、漠然としてはいるけれども、
ある種の「信頼関係」があり
そして、その関係を築くためには
情報を提供する方も享受する方も「誠実」であるかどうかが問われる
という気がしています。
では、なぜ共有したいのか。
この疑問には異論は多いものの、
「人は自分に利する可能性が低い場合でも
他者との協調を選ぶ脳内回路を持っている」という
エモリー大学の興味深い研究があります。
他者との協力は脳内の快楽が動機?――協力行動を説明する新理論
してみると、SNSにおける情報共有活動は
そもそも我々の本能のなせる技であり
必ずしもネットの専売特許でも何でもなくて
それこそ大昔からそこら中で行われてきたことであり
で、ネットでやってみたら、あらま結構便利でいいじゃんか、
というわけなんですね。
道理で大流行な訳です。
ウィキペディアは、mixiのように日記を書いたり
その日記にコメントを寄せたり
好きな本や音楽をレビューしたりするわけではありませんが
興味のあるテーマに関する記事を
よってたかって更新するという意味では
その記事を介して他者と関わるコミュニティの集合体とも言えます。
百科事典と言うから権威を求めて懐疑的になってしまうわけで
コミュニティと思えば判りやすい。
・・と、つらつら考えてきて、もう少し俯瞰して見てみると
あ、結局、ネット上で行われているすべてのコトが
ソーシャルネットワーキングなんだと今更ながらに思い当たったりして。
だから、オモシロイんですな。
(SNSについては、以後も断続的に書きます。
今のところ、ネットというものの本質を
良くも悪くも一番よく表しているのがSNSのようですので。)
●BGM
やっぱり、そこに信頼関係がなければイカンのです。
ドコモが mixi のコミニュティを利用して、
プッシュトークという新しいサービスを宣伝しようとしたところ
コミニュティの意味を取り違えて参加者の怒りを買い
わずか10日で敢えなく閉鎖に追い込まれたというお話。
記事を読めば判るように
コミュニティ本来のさまざまな仕組みを
ことごとく否定した結果のようですね。
以前に、ソニーのウォークマンブログでも
同じような茶番があったと思いますが
わざわざ、mixiのコミュニティルールを
都合よく(結局都合が悪かったのだけれども)変更してまで
管理者サイドがすべてをコントロールしたかったのはなぜでしょうか。
ボクの脳裏には「ユーザー不在」という言葉が浮かびます。
ネットでは互いに同等な関係で繋がるからこそ
コミュニティが有効に作用するのに
それがマイナスに働いたときのことだけを危惧して
あくまで「サービス提供者vs利用者」というチカラの構図で
どんどん突き進めてしまったんでしょうね。
日頃から、ユーザーとフランクに対話する用意のない企業が
ちょっとSNSがイイらしいと小耳に挟んだか
あるいは、どこかの広告代理店の企画にうっかり乗っかって
(もしそうだとしたら、
広告代理店ほどSNSと相容れないものはないと思いますが)
いそいそと始めたものの、ユーザーを見くびったがために
火を見たというお粗末さがなんとも悲しいです。
慣れないことはするもんじゃありませんね。
ついでですが、
NTTドコモ広報部の説明も言い訳を通り越してほぼ開き直り。
まるで、自分の方が被害者と言わんばかりですが
お門違いなコミュニティ運営で
ネットにケチをつけられた我々の方こそいい迷惑かと。
ユーザーに面と向き合うというとき、確かに覚悟が必要です。
でも、自社の提供するサービスなり商品なりに
ユーザーに対するウソがなければ
何ら恐るるに足らないのは言うまでもありません。
それにうまくいかなければ
さっさと非を認めてやり直せばいいのです。
最初から予定通りコトを運ぼうとすること自体
ネットという器にそぐわなかったんだと
これからは、よ〜く肝に銘じておきましょうね。
ま、しばらくはやりたくもないでしょうが。
BGM:Billy Joel “Billy Joel Souvenir: The Ultimate Collection ”
う〜ん、なんか違う。
先に言っておきますが
これまで、国内のサービスを取り上げて書くことは
非難がましくなるのもイヤなので極力避けてきたのですが
SNSについて考えてきて、あ、これはやっぱり言っておこうと。
もう2週間ほど前の記事ですが、どうも変です。
まず全文読んで頂ければと思います。
ここで、友人が友人に商品をオススメする仕組みを
リアルの世界により近い
「つながりの間で交わされるアフィリエイトシステム」
として紹介されています。
「その中のメンバーは、基本的に
「友だち」か「友だちの友だち」といった具合に、
「信頼の糸」でつながっている。
つまり、そこに流れる情報の信ぴょう性はメンバーにとってすこぶる高い。
それは、商品に対する評価でも同じだ。
従って、だれかが提携サイトでモノを買い、
日記の中でそれについて高い評価を記せば、
ほかの人が買いやすくなる傾向が生まれるのである。」
ふむ。それはその通りですね。
ただ、確かにユニークだけれどもちょっと危ないのがここ。
オススメしたAさんだけではなく
その商品を買ったBさんにも売り上げに対するコミッションが支払われる。
しかも、Bさんの方が多くコミッションを受け取る仕組み。
「こうして、ビルコムは、
Web2.0型サービスでモノを売れやすくする仕組みを築いている。」
あれ〜?
友人のオススメであること、それはイイです。
ただ、報酬がシェアされること、というのは
一見、素晴らしいと思えるけれども
結局、報酬目的になってしまう危険性を多分に含んでませんか。
・・あ、そっか、これ、モノを売るための組織であって
どうやらSNSでもなんでもないわけですね。
無償の情報提供があるからコミュニティとして価値があるのであって
そこにカネが動けばまるで意味が違ってくると言えば
子供じみてるでしょうか?
もうひとつ、引っかかった点。
記事にもあるように
「ビルコレは、ロングテールとは逆のマーケットを狙っているところがある。
つまり、(80:20の法則の)80%の部分。」
つまり、テールではなくてヘッドの部分
黙っててもゴソ〜っと売れていく部分を狙っているわけで
そういう、もともとマスで売れるパワーのあるものに
コミュニティでのオススメの出番ってあるんでしょうか。
ほとんどの人が知らない、気付いていないモノ情報を
コミュニティで披露し共有するからこそ
ネットでありWEB2.0じゃないんでしょうか。
ま、WEB2.0かどうかは、どうでもイイとして
そこに「知る」面白みがあるからこそ
コミュニティとして成り立つと思うんですが。
見れば、蒼々たるメンバーが提携先として名を連ねています。
ツタヤオンライン、デル、ヒガ・インダストリーズ(ドミノ・ピザ)、
ソニープラザ、サントリー、リクルート、セガ、オートバックス
フランスベッド、アップルコンピュータ、ソニースタイル・ジャパン、
エイボン・プロダクツ、ユニクロ・・。
商品数は、ざっと200万点にのぼるそうですが
こんなメジャー級の企業に、友人たちはどうオススメするんでしょうか?
17インチモニター付きで5万代!とか
アンチョビが絶品!とか
ぐっすり休めます!とか
夏はドライで快適!とか・・ですかね?
何のどこをどうオススメするんだか
血の巡りの悪いボクにとんと想像つきません。
もっと驚いたのは、友人を作るプロセス。
「「友だち」をつくるには、「友だち申し込み」をする。
そのためには一定の条件を満たさなければならない。
血液型、居住エリア、趣味といった自己紹介情報や
「ビルコレ」内で買ったものなど・・(後略)」
バカらしくて全部引用する気になれませんが
「相性度」を築くために、
血液型まで申告しなくてはならないなんて。
第一、そんなもの、お膳立てする必要がどこにあります?
出会いは自分で作ればいいでしょうに。
そして、最後に行き当たった疑問。
・・これって、MLMとどう違うんでしょうか。
(どなたか、アホにでも判るように
かみ砕いて教えて頂けると有り難いんですが)
BGM:Jaco Pastorius “Invitation”
SNSについてはまた来週続けますが、ちょっと一服。
そのSNSの有り様を見ていてツラツラと思ったのは
いよいよネットの世界でも
見せかけは通用しなくなってきているということ。
オンラインであろうがオフラインであろうが
他者に関わろうとするときにもっとも大事なのは
誠実であるかどうかということ。
物事に能動的に関わっていく気がない者には
ネットなど何の役にも立たないということ。
ありのままの自分を受け入れてほしければ
自分も受け入れなければならないということ。
桜井章一氏も言っているが、
知識はあてにならない、あてになるのは勘だということ。
などなど・・何のこっちゃとお思いでしょうが
ここら辺のことを、
次回からSNSを絡めてボチボチ書いてみます。
ということで、今日はちと時間がないので予告編。
BGM:John Coltrane “A LOVE SUPREME”
音楽の嗜好の同じもの同士が知り合い情報交換できるSNSとして
マニアの間では結構前から評判だったそうですが
うかつにも、全く無視してました。
要は、自分の好みの音楽をプロファイルして
そのお気に入りの曲リストを「公開」してるところへ
同じ趣味を持つ他の誰かがやってきて
「そっちのは、どんなの?」と聴いていくという案配。
自分で好きな曲を登録することも出来ますが、驚きなのは、
iTunesなどで音楽を再生してると自動的にプロファイルされていく点。
手がかかりませんね〜、と思ってたら
そういえば、mixiにもつい最近その機能が追加されましたっけ。
もしかすると、こっちが元ネタかもしれません。
そうやって再生したデータがうんとこさ蓄積、分析されて
同じような嗜好の人を「隣人」としてリストアップしてくれるわけですが
その隣人の再生履歴も見れるので
その中から「ほよ?」と思うような曲も見つけたり出来ます。
これ実際によくありますよね。
「あれ、あんた、こんなのも聴くの?」というの。
あるいは、「何?おたく、これ、知らんの?」というのも。
ボクは個人的には、このパターンの方が
知らない曲と出会う新鮮な驚きがあって好きなんですが。
余談ですが、例のアマゾンのレコメンドは
販売実績から統計的に(つまり自動的に)推薦してくるようなので
全然つまらないんですね。
このLast.fmにも、その機能はあるようなんですが
全く不要と思います。
それに、曲のリストがある一定以上の数になると
自分のラジオ局が持てるというのも面白い。
(日本では、まだ先らしいです)
世界中に自分のライブラリーを披露することが出来るので
音楽マニアの自尊心を満足させる機能ですね。
いちいち番組っぽく作らなくていいのも◎。
たくさんの個人が持ち寄る情報の集積地。
そして、その個人たちが
その情報を様々なルールでもって仕分けする。
それもSNSのひとつの姿と思うんですが
こと音楽というくくりで見れば
ここは非常に進んでると思います。
ま、アイデアを思いついたのが2001年と言いますから
進んでいると言うより
年季が入っていると言うべきかもしれません。
曰く、「以前のインターネットは、
企業が発信する情報が一方的に掲載された、
カタログみたいな場所でした。
でも、それが今では本当のユーザーの声が聞ける、
ユーザー主導型の場所になっていると感じます。」
ズバリですね〜。
BGM:The Allman Brothers Band “Eat a Peach”